2026年1月3日。大手町のゴールテープを切った瞬間、原晋監督はカメラに向かって3本の指を立てた。
3連覇。
2026年の箱根駅伝で、史上初となる2度目の3連覇を達成した青山学院大学。9回目の優勝に導いた名将・原晋(58歳)。
往路・復路・総合すべての大会記録を塗り替え、大会史上初となる2度目の三連覇を達成。まさに記録づくしの優勝だった。
しかし、22年前、原晋が青学の監督に就任した時、誰も彼の成功を予想しなかった。33年間も箱根駅伝から遠ざかっていた弱小チーム。予算もない、選手も集まらない、実績もない。
1995年に現役を引退。その後は10年間、中国電力でサラリーマン生活を送る。営業マンとして働いていた彼が、なぜ青学を箱根駅伝の絶対王者に変えることができたのか。
その答えは、彼が毎年掲げる「〇〇大作戦」というスローガンに隠されている。
青山学院大学の原晋監督は毎年、箱根駅伝に向けて「〇〇〇〇大作戦」と名づけたチームのスローガンを発表している。世相を反映させて世の中の関心を喚起し、選手たちの奮起を促す独特のイメージ戦略、プロモーション戦略として知られる。2013年第89回大会から始まり、2026年第102回大会で14回目となる。今回は「ひとり一人が1番星になって輝いて、大手町に帰ってきてほしい」という願いを込め、「輝け大作戦」として、3連覇を果たす意気込みを示した。
「ワクワク大作戦」「ハッピー大作戦」「サンキュー大作戦」。
一見、ふざけているようにも見えるこのネーミング。しかし、その裏には、組織を勝たせ続けるための緻密な戦略が隠されている。
原晋が教えてくれるのは、『勝つための仕組み』だ。
天才的な選手がいなくても、予算が少なくても、組織の仕組みさえ整えれば、勝ち続けることができる。そして、その仕組みを作るのは、監督の仕事である。
22年間で箱根駅伝9回優勝。この驚異的な成功の裏側から、現代のビジネスリーダーが学ぶべきマネジメントの極意を紐解いていこう。
営業マンから監督へ — 33年ぶりの箱根を目指して
原晋(1967年生まれ)。広島県三原市出身。世羅高3年時に全国高校駅伝4区出走2位。中京大3年時の日本インカレ5000m3位。1989年に中国電力陸上部に1期生として入部。主将として1993年の全日本実業団駅伝初出場。
しかし、怪我に悩まされ、1995年、27歳で現役引退。その後10年間、中国電力で営業マンとして働いた。
この営業マン時代の経験が、後の監督業に大きく影響する。
知人の紹介により、2004年に青山学院大学陸上競技部監督に就任。当時の青学は、33年間も箱根駅伝から遠ざかっていた。予算もない、選手も集まらない、実績もない。
原監督が就任して3年目、青学は箱根駅伝予選会で16位という結果に終わり、3年連続で本戦出場を果たせなかった。
普通なら、ここで契約終了。しかし、原晋は諦めなかった。
原監督は大学理事たちに必死のプレゼンをし、学生たちも「原監督と一緒に箱根に出たい」と訴えた。こうして1年間の任期延長を手にした原監督が、その後箱根駅伝の常連校へと青学を導くことになる。
そして2009年、33年ぶりの箱根駅伝出場を果たす。
「人間性」を見抜く — 記録より大切なもの
原晋が他の監督と決定的に違うのは、「人間性」を最重視するスカウト方針だ。
原監督が就任して3年目の年、前年、高校生のスカウティングの方針を変えていました。それまでは記録もさることながら人間性をかなり重視してスカウティングをしていたのですが、その年は、とにかく結果を出そうと、人間性は後回しにし、記録優先で高校生を集めたのです。
高校の先生から「あの子は採らないほうがいい」と言われた学生も勧誘した結果、部内はがたついてしまった。その学生は「寮のルールを守らないどころか、周りに悪影響を与えるようになりました」。結局、実力者たちが辞めていき、3年間の努力は水泡に帰したかに思えた。
この失敗から、原晋は学んだ。
記録だけで選手を選んではいけない。組織を作るのは、人間性だ。
原晋・長距離ブロック男子監督は、有望な男子高校生をスカウトする際に「私は必ず男前を獲るんです。但しイケメンと言っても、ジャニーズ系ではなく表現力が豊富でいつも輝いて、自信満々の顔付きな男子生徒達を入部させるのです」と周囲を驚嘆させながらも、原自ら笑いつつコメントしている。
これは単なる冗談ではない。原晋が見ているのは、『自分で考え、行動できる人間かどうか』だ。
原晋のスカウト方針 vs 一般的なスポーツ強豪校
| 特徴 | 原晋(青学) | 一般的なスポーツ強豪校 |
|---|---|---|
| 重視する点 | 人間性、表現力、自主性 | 記録、実績、才能 |
| 育成方針 | 自分で考えさせる | 監督の指示に従わせる |
| チーム文化 | 明るく、自由で、自主的 | 上下関係が厳格、規律重視 |
| 結果 | 長期的に安定して勝ち続ける | 一時的に勝つが、監督が変わると弱体化 |
この表が示す通り、原晋が作り上げたのは、監督に依存しない組織だ。
選手一人ひとりが自分で考え、判断し、行動する。だから、監督がいなくても、チームは回る。
「〇〇大作戦」— ワクワクさせる言葉の力
原晋のマネジメントで最も特徴的なのが、毎年掲げる「〇〇大作戦」というスローガンだ。
「ワクワク大作戦」(2015年・初優勝) 「ハッピー大作戦」(2016年・2連覇) 「サンキュー大作戦」(2017年・3連覇) 「出雲大作戦」(2018年・4連覇) 「やっぱり大作戦」(2020年・5回目) 「前へ大作戦」(2022年・6回目) 「輝け大作戦」(2026年・9回目・2度目の3連覇)
一見、軽薄に見えるこのネーミング。しかし、その裏には深い戦略がある。
世相を反映させて世の中の関心を喚起し、選手たちの奮起を促す独特のイメージ戦略、プロモーション戦略として知られる。
原晋が営業マン時代に学んだのは、『人は、ワクワクする言葉に動かされる』ということだ。
「必ず優勝する」「絶対に勝つ」。こうした重圧のかかる言葉ではなく、「ワクワク」「ハッピー」という軽やかな言葉。
これが、選手たちの心を解きほぐし、本来の力を発揮させる。
現代のビジネスでも同じだ。「今期の売上目標は前年比120%」と言われるより、「ワクワクするような新商品を作ろう」と言われた方が、チームは動く。
目標を「義務」ではなく「楽しみ」に変える。それが、原晋の言葉の力である。
「原メソッド」— 科学と自主性の融合
「原メソッド」といわれる原晋監督の科学的なトレーニングとともに、自ら考え、行動する自主性を重んじる指導から得た選手ひとり一人の自信の表れという気がする。
原晋のマネジメントは、二つの柱で成り立っている。
1. 科学的なトレーニング
原晋は、感覚ではなくデータに基づいて練習メニューを組む。GPS機能付き時計で選手の心拍数や走行距離を管理し、疲労度を数値化。無理をさせず、最適なタイミングでピークを持っていく。
2. 自主性を重んじる指導
しかし、原晋は選手を管理するだけではない。彼が最も重視するのは、『選手が自分で考えること』だ。
私はめったなことでは怒りません。カミナリを落とすのも、せいぜい年に数回あるかどうかでしょう。失敗とは、チャレンジをしてダメだったことを言うのではなく、何もせずただそこに立ち尽くしていることを言うのです。ですから、学生が積極的にしようとしたことでミスが起きても、私は決して怒りません。
失敗を恐れず、挑戦する。その姿勢を、原晋は徹底的に育てる。
従来型のスポーツ指導 vs 原晋の指導
| 要素 | 従来型 | 原晋の「原メソッド」 |
|---|---|---|
| 練習内容 | 監督が決める | データを元に選手と相談して決める |
| 失敗への対応 | 叱責・罰走 | 失敗から学ぶ機会と捉える |
| 選手の自主性 | 監督の指示に従う | 自分で考え、判断する |
| モチベーション | 厳しい規律と恐怖 | ワクワクする目標と信頼 |
この違いが、青学が勝ち続ける理由だ。
逆境を力に変える — 「出雲と全日本で負けても、箱根で勝つ」
8度の優勝のうち、直近の5回は(2018,20,22,24,25年)はいずれも出雲と全日本で敗れた後からの復活、勝利であった。
青学は、出雲駅伝や全日本大学駅伝では負けることが多い。しかし、箱根駅伝では圧倒的に強い。
なぜか。
原晋は、「箱根に照準を合わせている」からだ。
出雲や全日本は、箱根に向けた通過点。そこで負けても、選手たちは動揺しない。なぜなら、原晋が「箱根で勝てばいい」と明確に伝えているからだ。
ただ青山学院は箱根になると格別な強さを発揮する。それは「原メソッド」といわれる原晋監督の科学的なトレーニングとともに、自ら考え、行動する自主性を重んじる指導から得た選手ひとり一人の自信の表れという気がする。2015年の初優勝からわずか11年の間になんと8回も優勝した圧倒的な強さが後押しするこの大学のレガシーというものかもしれない。
現代のビジネスでも同じだ。四半期ごとの業績に一喜一憂するのではなく、年間の目標に照準を合わせる。短期的な失敗を恐れず、長期的な成功にコミットする。
原晋が教えてくれるのは、「何に照準を合わせるか」を明確にすることの重要性だ。
妻・美穂さんという「もう一人の監督」
原晋の成功を語る上で、欠かせない人物がいる。
妻の原美穂さんだ。
原監督は大学理事たちに必死のプレゼンをし、学生たちも「原監督と一緒に箱根に出たい」と訴えた。こうして1年間の任期延長を手にした。
この時、原晋を焚きつけたのが美穂さんだった。
しかし美穂さんは「もう1年、やらせてもらえるように大学に頼んで。土下座してでも!」と監督を焚きつけた。「毎日頑張っているこの子たちを、どうしても箱根に出してあげたい。あと1年あれば、それもできるのではないかと思っていました」。
美穂さんは寮母として、選手たちの生活を支える。食事、掃除、相談相手。選手たちにとって、美穂さんは「お母さん」のような存在だ。
原晋が厳しいことを言っても、美穂さんがフォローする。この二人三脚があるからこそ、青学は家族のようなチームになっている。
組織を作るのは、一人の天才ではない。支え合うチームだ。
原晋が教えてくれる、組織を勝たせ続ける極意
原晋の22年間から、私たちが学べることは何か。
1. 「人間性」を見抜く採用力
記録や学歴だけで人を判断しない。自分で考え、行動できる人間かどうか。その本質を見抜く力が、強い組織を作る。
2. 「ワクワクさせる」言葉の力
重圧をかけるのではなく、ワクワクさせる。目標を「義務」ではなく「楽しみ」に変える言葉の力が、チームを動かす。
3. 「自主性」を育てる仕組み
管理するのではなく、考えさせる。失敗を恐れず、挑戦する文化を作る。それが、長期的に勝ち続ける組織の基盤となる。
4. 「何に照準を合わせるか」を明確にする
短期的な失敗に動揺せず、長期的な目標にコミットする。何が本当に大切なのかを、チーム全体で共有する。
あなたも、「〇〇大作戦」を作ってみよう
原晋が33年ぶりの箱根出場を果たした時、誰も青学の優勝を予想しなかった。
しかし22年後、青学は9回も優勝する絶対王者になった。
その秘密は、天才的な選手がいたからではない。
「勝つための仕組み」を作ったからだ。
あなたの組織にも、今、課題があるかもしれない。
売上が伸びない、人材が育たない、チームがバラバラ。
しかし、原晋が教えてくれるのは、仕組みさえ整えれば、組織は変わるということだ。
人間性を見抜く採用。 ワクワクさせる目標設定。 自主性を育てる文化。 長期的な視点。
この4つを、あなたのチームに取り入れてみてほしい。
そして、あなたも「〇〇大作戦」を作ってみよう。
重苦しい目標ではなく、チームがワクワクするような、楽しい名前を。
原晋が22年間で証明したのは、「楽しいチームが、勝ち続ける」という事実だ。
さあ、あなたのチームを、ワクワクさせよう。



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