「アイデアはバーゲンセールするほどある」— 手塚治虫に学ぶ、枯れない発想力の鍛え方

漫画

死の直前、病院のベッドで。

手塚は病院のベッドでも、医者や妻の制止を振り切り漫画の連載を続けていた。同月25日以降になると昏睡状態に陥るが意識が回復すると「鉛筆をくれ」と言っていた。息子の眞は、「(この頃の父は)昏睡が覚めると鉛筆を握らせるがすぐに意識がなくなりの繰り返しだった」と語っている。死に際の状態であるにもかかわらず「頼むから仕事をさせてくれ」と起き上がろうとし、妻は「もういいんです」と寝かせようとするなど最後まで仕事への執着心をなくさなかった。

手塚治虫の最期の言葉は、「頼むから、仕事をさせてくれ」。

60年の生涯で、約700作品、15万枚の原稿。月産500ページ。1日20枚のペース。

しかも、一つひとつお話が違う。

なぜ、手塚治虫は、アイデアが枯れなかったのか。

「手塚先生は頭を右にクルッと振ればアイデアがこぼれだす、また左にクルッと振ればアイデアがこぼれだす、きっとそんな感じなのでしょうね。でなきゃこれだけの作品を描けませんよね。」

同じ漫画家の萩尾望都がこう語るほど、手塚のアイデアは無尽蔵だった。

しかし、それは天才だからではない。

「インプットはやがて自分の肥やしになり、アイデアややりたいことになってあらわれる。だから、経験を得るためにお金を惜しむな」

手塚治虫のアイデアの源泉は、圧倒的なインプットだった。

今回は、「漫画の神様」手塚治虫の創作の秘密から、枯れない発想力の鍛え方を学んでいこう。


「鉄腕アトム」を生んだ、5歳児の体験

手塚治虫(1928-1989)。大阪府豊中町生まれ。3人兄弟の長男。

1933年、治が5歳の時に一家は、兵庫県川辺郡小浜村(現・宝塚市)川面の邸宅に移り住んだ。

この宝塚への引っ越しが、手塚治虫の人生を決めた。

手塚家の隣家は宝塚少女歌劇団の男役トップスターである天津乙女と雲野かよ子と池邊鶴子姉妹が住む鳥居家であり、宝塚音楽学校に入学したい娘が保護者とともにお百度を踏む光景がよく見られるなど、宝塚少女歌劇団の女性と接する機会も多かった。

のちに手塚は、初恋の相手が宝塚少女歌劇団の生徒だったこと、宝塚の生徒を見たいがために宝塚大劇場に通ったこと、月丘夢路や淡島千景のような鉄火肌の女性が好みであること、月丘主演の大映映画『新雪』(1942年)を20数回観たことを語っている。

この宝塚歌劇との出会いが、手塚漫画の「スターシステム」(同じキャラクターが別の作品で別の役を演じる手法)の原点となった。

さらに、同級生の石原実と親しくなり、彼の影響を受けて昆虫や科学、天文学に興味をもつようになる。手塚家の邸宅の広い庭は昆虫の宝庫であり、また周囲の田園地帯にも虫が豊富にいて、昆虫採集には最適の環境だったことから、趣味に対し深みをもたせた。

この昆虫への愛が、ペンネーム「手塚治虫(オサムシ=昆虫の名前)」の由来となり、『ジャングル大帝』などの動物を主人公とした作品群を生んだ。

5歳から10歳の体験が、60年間のアイデアの源泉となった。


速読20分で500ページ — インプットの鬼

手塚治虫のアイデアの秘密。それは、圧倒的なインプット量だ。

速読にも長けており、500ページ程度の本を20分前後で読破したという。喫茶店などで打ち合わせの前に本屋に立ち寄り、立ち読みした本から得たアイデアを語り、「多忙なのに、先生はいつ勉強しているのか」と編集者を不思議がらせたという。

500ページを20分。1分で25ページ。尋常ではない速さだ。

しかし、手塚がすごいのは、ただ読むだけではない。読んだものを、すぐにアイデアに変換する力だ。

『アドルフに告ぐ』を書くきっかけになったのは、ヒトラーにわずかにユダヤの血が流れているということがヒントだった。そしてゾルゲに興味があり、ゾルゲとヒトラーを組み合わせて物語になったという。

二つの情報を組み合わせる。これが、手塚流のアイデア発想法だ。

手塚治虫の「組み合わせ発想法」

作品組み合わせた要素
アドルフに告ぐヒトラーのユダヤの血 × ゾルゲ事件
鉄腕アトムロボット × 人間の心
ブラック・ジャック天才外科医 × 無免許
火の鳥不死鳥の伝説 × 人間の業
ジャングル大帝ライオン × 人間社会

全く異なる二つの要素を組み合わせることで、誰も見たことのない物語が生まれる。


「経験を得るためにお金を惜しむな」

手塚治虫は、金銭感覚がザルだったと言われる。しかし、それには理由があった。

「インプットはやがて自分の肥やしになり、アイデアややりたいことになってあらわれる。だから、経験を得るためにお金を惜しむな」という考え方の人なんです。

手塚は、映画を観まくった。演劇を観まくった。本を読みまくった。海外旅行にも頻繁に行った。子どもたちにも、一流のものを体験させた。

すべて、インプットのためだ。

計700作近くの作品をアウトプットしてる手塚治虫さんが言うと、すさまじい説得力がありますね。

アイデアに困っている人は、インプットが足りない。本を読まない、映画を観ない、新しい体験をしない。それでは、アイデアが出るはずがない。

手塚治虫が教えてくれるのは、アウトプットの前に、まずインプットだということだ。

手塚治虫のインプット習慣

  • 映画:一つの作品を20回以上観ることもあった
  • 読書:500ページを20分で読破、ジャンルを問わず
  • 音楽:クラシックを聴きながら作業
  • 旅行:海外も含め、様々な場所を訪れる
  • 昆虫採集:子どもの頃からの趣味を生涯続ける
  • 宝塚歌劇:何度も通い、スターシステムの着想を得る

「1日20枚」— 手を動かし続ける

手塚治虫のもう一つの秘密。それは、とにかく描き続けることだ。

1日20枚のペースで、ただひたすら書く。アイデアは次々に沸くという。

月産500ページ。1日約17ページ。休みなし。60年間。

普通の人なら、「そんなに描いたらアイデアが枯れる」と思うだろう。しかし、手塚は逆だった。

描けば描くほど、アイデアが湧いてくる。

漫画の製作に取りかかりながら、別の雑誌の編集者とまったく別のテーマの漫画のアイデアについて電話で話していたこともあるという。

一つの作品を描きながら、別の作品のアイデアを語る。同時並行で複数の物語が頭の中で動いている。

これは、手を動かすことで、脳が活性化されるからだ。

アイデアを枯らさない手塚流サイクル

  1. 大量にインプットする(本、映画、体験)
  2. 手を動かし続ける(1日20枚)
  3. アイデアが湧く(描いているうちに次のアイデアが浮かぶ)
  4. また描く(循環)

多くの人は、「アイデアが浮かんだら書く」と考える。しかし、手塚は逆だ。「書いているうちにアイデアが浮かぶ」


「ラストまで見据えて描く」— 構想力

手塚先生の場合は、1巻目、2巻目、3巻目と、巻を追うごとにおもしろくなっていく。アイデアはいいけど尻すぼみになっていくようなパターンがないんです。

なぜ、手塚の作品は最後まで面白いのか。

それは、最初からラストまで見据えて描いているからだ。

手塚は、物語を描き始める前に、必ず「構想ノート」を作った。キャラクター、ストーリー、テーマ、ラストまで、すべてを書き出す。

戦中から昭和30年代に至る創作ノートを集成。復刻される12冊のノートは、「珍アラビアンナイト」構想ノート、変容キャラクター・スケッチブック、「タイガー博士珍旅行」下書きノート、雑誌連載構想ノート、「ジャングル大帝」連載下書きノート、「ジャングル大帝」構想ノート、「ロックホーム」下書きノート、「4コマ漫画」ペン入れノート、「魔神ガロン」脚本ノート、「吸血魔団」下書きノート、「知恵の豆袋」ノート、「狂乱の地球」下書きノート。

膨大な構想ノート。これが、手塚の物語の設計図だった。

手塚治虫の構想ノートの使い方

  1. テーマを決める(何を描きたいのか)
  2. キャラクターを作る(主人公、敵、仲間)
  3. ストーリーの骨格を作る(起承転結)
  4. ラストを決める(どう終わらせるか)
  5. 細部を肉付けする(各話のプロット)

多くのクリエイターは、「とりあえず描き始めて、後で考える」というスタイルだ。しかし、それではアイデアが枯れる。途中で行き詰まる。

手塚が教えてくれるのは、最初に全体像を見据えることの重要性だ。


「アイデアはバーゲンセールするほどある」

晩年の手塚治虫は、こう言った。

「アイデアだけならバーゲンセールするほどある」

60歳になっても、アイデアは枯れなかった。むしろ、増え続けた。

亡くなる3週間前(1989年1月15日)まで書かれていた自身の日記には、そのときの体調状態や新作のアイデアなどが書き連ねられていた。

死の直前まで、新作のアイデアを考え続けていた。

なぜ、手塚のアイデアは枯れなかったのか。

それは、彼が一生、インプットを止めなかったからだ。


あなたも今日から、「手塚式」を実践しよう

手塚治虫のアイデアの出し方を、私たちも実践できる。

1. 毎日、何かをインプットする

本を読む、映画を観る、美術館に行く、散歩する。何でもいい。毎日、新しい刺激を脳に入れる。

2. 二つの要素を組み合わせる

「A × B = 新しいアイデア」。全く異なる二つの要素を組み合わせてみる。例えば、「寿司 × IT = 回転寿司の自動注文システム」。

3. 手を動かし続ける

アイデアが浮かぶのを待つのではなく、まず手を動かす。書く、描く、作る。そうすれば、アイデアは後からついてくる。

4. ラストを先に決める

企画書を書く前に、「このプロジェクトのゴールは何か」を明確にする。そこから逆算して計画を立てる。

5. 経験にお金を惜しまない

本、映画、旅行、セミナー。経験への投資は、必ず自分の肥やしになる。手塚のように、インプットにお金を使おう。


「頼むから、仕事をさせてくれ」

手塚治虫の最期の言葉は、「頼むから、仕事をさせてくれ」。

死の直前まで、彼は描き続けた。アイデアを出し続けた。

なぜなら、彼にとって創作は「仕事」ではなく、「生きること」そのものだったからだ。

あなたにとって、アイデアを出すことは苦痛だろうか。それとも、喜びだろうか。

手塚治虫が教えてくれるのは、アイデアは、出そうとするから出ないのだということ。

インプットを続け、手を動かし続ければ、アイデアは勝手に湧いてくる。

「アイデアはバーゲンセールするほどある」

あなたも、そう言える日が来る。

さあ、今日から、インプットを始めよう。

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