50歳から学び直し、55歳で日本地図を作り始めた男 — 伊能忠敬に学ぶ、老後の過ごし方

歴史人物

あなたの「定年後」は、何年ありますか?

定年まで、あと何年でしょうか。

5年? 10年? それとも、もうすぐ?

「定年後、何をしよう…」

そう考えると、不安になりませんか。私の父もそうでした。定年の1年前、父はこう言ったんです。

「会社人間だったから、趣味もない。定年後、何をすればいいかわからない」

その言葉を聞いた時、私は胸が痛くなりました。40年間、家族のために働いてきた父が、これから何をすればいいかわからないと言っている。

でも、そんな父に、私は一冊の本を渡しました。

『伊能忠敬: 日本を測量した男』(河出文庫)

「お父さん、この人、50歳から勉強を始めて、55歳で日本中を歩いて地図を作ったんだって」

父は、その本を読んで、変わりました。

「まだ、遅くないかもしれないな」

そう言って、父は定年後、地元の歴史サークルに入り、今では地域の歴史を調べてボランティアガイドをしています。

今日は、私の父を変えた伊能忠敬という人物から、老後の過ごし方を学んでいきましょう。


伊能忠敬とは:50歳まで商人、そこからが本番だった男

伊能忠敬(1745-1818)。江戸時代後期の測量家。日本で初めて実測による正確な日本地図「大日本沿海輿地全図(伊能図)」を作った人物です。

しかし、彼が地図作りを始めたのは、なんと55歳の時。

「え、55歳から?」

そうなんです。それまでの50年間、彼は千葉県佐原(現在の香取市)で商人として生きてきました。

17歳で佐原村の伊能家に婿養子として入った忠敬は、商才を発揮し、酒造、薪炭、金融などを取り扱う豪商として家業を3倍に成長させました。村の名主としても活躍し、飢饉の時には私財を投げ打って村人を救いました。

49歳で長男に家督を譲り隠居。そして50歳、江戸に出ました。

「これから、自分のやりたいことをやる」

そう決めたのです。

伊能忠敬の人生年表

年齢出来事
17歳佐原村の伊能家に婿養子
49歳長男に家督を譲り隠居
50歳江戸に出て、天文学・測量を学び始める
55歳第1次測量開始(蝦夷地・東北)
71歳第10次測量終了(全国測量完了)
73歳死去(地図完成の3年前)
76歳「大日本沿海輿地全図」完成(没後3年)

「やりたいこと」があれば、50歳からでも遅くない

伊能忠敬が50歳で始めたこと

50歳で江戸に出た忠敬は、幕府天文方の高橋至時(当時32歳)に弟子入りします。

師匠は18歳年下。

普通なら、恥ずかしくてできないですよね。でも、忠敬は違いました。

「学びたい」という気持ちが、プライドより強かったんです。

忠敬が学んだのは、天文学、暦学、測量技術。毎日、師匠の家に通い、夜は自宅で星の観測。私財を投じて天文観測機器を揃え、50歳から5年間、必死に勉強しました。

私の体験:55歳の母が英語を始めた話

実は、私の母も55歳の時、英語を習い始めました。

きっかけは、孫(私の娘)が「おばあちゃん、英語教えて」と言ったこと。母は「私、英語できないから…」と断りましたが、その夜、こう言ったんです。

「伊能忠敬は50歳から勉強したんだから、私も55歳から英語やってみようかな」

最初は「ABCから?」というレベルでしたが、3年経った今、母は孫に英語の絵本を読んであげています。完璧ではないけれど、孫は喜んでいます。

母は言います。「できるようになるかどうかより、挑戦してる自分が好きなの」

伊能忠敬も、きっと同じ気持ちだったんじゃないでしょうか。


「目的」があれば、体は動く

忠敬が55歳で歩き始めた理由

5年間の勉強を終えた忠敬は、55歳で測量の旅に出ます。

第1次測量は、蝦夷地(現在の北海道)。江戸から北海道まで、歩いて測量しながら往復しました。

55歳から71歳まで、17年間。全10回の測量で、忠敬が歩いた距離は約4万キロ。地球一周分です。

「55歳で、そんなに歩けるの?」

普通は無理ですよね。でも、忠敬には「目的」がありました。

地球の大きさを測りたい。正確な日本地図を作りたい。

その目的が、彼の体を動かし続けました。

老後に必要なのは「目的」

老後、多くの人が陥るのが「何もすることがない」という状態です。

時間はたっぷりある。お金も多少ある。でも、何をすればいいかわからない。

そうなると、人はどんどん老け込んでいきます。

でも、「目的」があれば違います。

「孫に英語を教えたい」 「地域の歴史を調べたい」 「昔やりたかった楽器を弾けるようになりたい」

どんな小さな目的でもいいんです。それがあれば、体は動きます。

伊能忠敬が教えてくれるのは、老後に必要なのは、お金でも時間でもなく、「目的」だということです。


「完成」を見なくても、人生は完結する

忠敬は、地図の完成を見られなかった

17年間の測量を終えた忠敬は、71歳から地図の製作に取りかかります。

しかし、1818年、73歳で死去。地図の完成を見ることなく、この世を去りました。

その後、弟子たちが地図作成を引き継ぎ、忠敬の死から3年後の1821年、「大日本沿海輿地全図」がついに完成しました。

忠敬は、その完成を見られなかった。

でも、それでいいんです。

なぜなら、忠敬は「やりたいこと」をやり切ったから。

「完成」より「過程」を楽しむ

私たちは、つい「完成」を求めてしまいます。

「資格を取らなきゃ」 「作品を完成させなきゃ」 「結果を出さなきゃ」

でも、老後は違います。

老後は、「完成」じゃなくて、「過程」を楽しむ時期なんです。

英語が完璧に話せなくてもいい。絵が上手に描けなくてもいい。楽器が完璧に弾けなくてもいい。

大事なのは、「今、これをやっている」という充実感。

伊能忠敬も、地図の完成を見られなかったけれど、17年間歩き続けた日々は、きっと充実していたはずです。

忠敬が残した言葉

忠敬が長男に残した家訓書には、こう書かれています。

「第一 仮にも偽をせず、孝弟忠信にして正直たるべし」
「第二 身の上の人ハ勿論、身下の人にても教訓異見あらば急度相用堅く守るべし」
「第三 篤敬謙譲とて言語進退を寛裕ニ諸事謙り敬ミ、少も人と争論など成べからず」

(意味)
第一 人をあざむかず、親を大切にし、兄弟は仲良くし、真心を尽くして正直でいなさい
第二 目上の人はもちろん、目下の人の言うことでも、なるほどと思ったら取り入れなさい
第三 慎みを忘れず、ゆとりをもち、決して人と争いをしてはいけない

これは、老後を生きる私たちへのメッセージでもあります。

正直に、謙虚に、人と争わず。

そうやって生きれば、たとえ「完成」を見られなくても、人生は完結する。


まとめ:伊能忠敬に学んで、老後を過ごそう

1. 50歳からでも、遅くない

やりたいことがあれば、今すぐ始めましょう。年齢なんて、関係ありません。忠敬は50歳から勉強を始め、55歳から日本中を歩きました。

2. 「目的」があれば、体は動く

老後に必要なのは、「目的」です。小さな目的でいい。それがあれば、毎日が充実します。

3. 「完成」より「過程」を楽しむ

完璧を求めなくていい。今、これをやっているという充実感が、老後の幸せです。


最後に:私の感想

伊能忠敬の生き方を知って、「老後」という言葉の意味が変わりました。

老後は、「余生」じゃない。 老後は、「第二の人生」なんだ、と。

定年まで40年働いた。じゃあ、定年後も40年ある。

その40年を、どう生きるか。

それは、あなた次第です。

伊能忠敬のように、50歳から新しいことを学び、55歳から日本中を歩く。

そんな人生も、あるんです。

あなたの「老後」は、何年ありますか?

その年数を、ただ過ごすのではなく、「目的」を持って生きてみませんか。

伊能忠敬が、250年前に証明してくれたように、50歳からでも、人生は変えられるのだから。

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